国営会社として飛び始め、民営化で失速し、ついに経営破綻。ところがその後、異例のスピードで再び空を駆け始めた日本航空。パイロットから転身し、嵐の中で操縦桿を握り続けてきたのが、会長の植木義晴氏だ。その視点から今という時代をどう見るのか、尋ねた。
モデレーター 松本美奈(上智大学特任教授)
うえき・よしはる
日本航空会長
1952年 京都府出身
1975年 航空大学校を卒業後、パイロットとして日本航空に入社
1994年 DC-10の機長
2008年 ジェイエア代表取締役副社長
2010年 日本航空が経営破綻
稲盛和夫会長のもと、執行役員運航本部長に就任
2012年 代表取締役社長に就任。機長出身者は、日本航空初
2018年 4月から現職
植木 これはジブリの宮崎駿監督にいただいたもの。「紅の豚」の飛行機です。このメーカーは、宮崎監督からオーダーが入らないと作らないんだって。ほら、だからここに通し番号が入っている。この2つは建築家の安藤忠雄さんにいただいた。「あんた、おもろい人だな」と言って、1週間後にこれが送られてきた。これがうちのおやじ。
曄道 片岡千恵蔵さんですね。
植木 僕が操縦席から地球を持ち上げて、どういう意味かよくわからないんですけど、こんなのをつくって、名前書いてくれて、送ってくれた。
曄道 このお部屋も面白いですね。会長の机の隣に社長の机がある。他の取締役の皆さんの机も並んでいて、まるで小中学校の職員室を思わせる大部屋ですね。
植木 社員は私のことを会長って呼ばないんです。さん付けで呼ぶんですよ、「植木さん」と。
曄道
大学は最高学府とも呼ばれます。我々大学人はその言葉に誇りを持っています。同時に、その言葉自体が、大学があたかも学びの最終の機会であるということを社会に植えつけている。これほどに目まぐるしく社会が変わっていく時代に、それでは立ち行かない。ただ、残念ながら、大学の中で、教育はどうあるべきかを考えたとき、やはり学びの最終機会として学部教育も設計してしまう傾向が強いのです。
私はむしろ、大学こそがスタートでしょうという考え方に立っています。4年間、学部で教育をするけれども、卒業してから社会に出て40年以上も学び続けることになるのですから。それを考えたら、学部教育はわずか10分の1、我々にできることは基盤づくりと、その応用力の醸成です。それを提供することしかできないだろうと私は思っています。
そういうことを学内ではもちろん、高等教育業界でも共有しようとしています。私ごときがただ叫んでみてもしようがない。道を求めて学びつづける方とこうしてお話をさせていただいて、共有できるものを共有し、課題として突きつけられたものはきちんと持ち帰る、そういうことを重ねていきたい。それが本企画「求道者」の趣旨です。
植木
ちょっと待って。そういうふうに物事を整理して考えたことはないけど、全くそのとおりだと思います。僕は67ですが、この67年の人生の中で、一番努力し、勉強し、学び、そして、実際に机に向かっている時間が長かったのは社長だった6年間です。これ以上に血のにじむような勉強をしたことは、大学受験のときですらなかった。
だから、大学で学びが終わる、そんなことは全く考えられない。僕は59から65までの6年間、一番学んだという自信もあるし、それだけのものを身につけたと思います。大学について言われた言葉は、全くそのとおりだ。ただ、ベースをつくってもらった。
― 先ほど、こちらのオペレーション室を見せていただきました。気候変動が激しく、変数がすごく多くなっていると伺いました。予測しにくい、と。航空業界への風当たりも激しくなっているようですね。「飛び恥」という言葉まで出ています。オランダ航空(KLM)では「乗らないでいいですよ」と列車を勧める広告も出しているとか。そういう風潮をどのように受けとめていますか。
植木
いやいや、KLMのあの宣伝は、逆効果を狙ったものでしょう。飛行機に全く乗らなくていいですよと言っているわけじゃないのですが、賢いですよね。同じ例で言えば、ロンドンオリンピックの時の、BA(ブリティッシュ・エアウェイズ)の広告。どんな広告を打ったのかというと、飛行機に「Don’t Fly」と書いてある。「飛んでいただかなくて結構ですよ、そんなことより、みんなでロンドンオリンピック応援しましょうよ」という広告でした。それが功を奏してオリンピックが終わった後、みんながBAを利用するようになった。KLMだって当然その後を考えてやっているわけですよね。確かに近場はいいですよ、乗らなくても。でも、長距離はぜひともKLMと言っているわけですよ。
ただ、環境問題は、今一番僕が航空業界の将来を考えるときに頭の中にあることです。僕はいつも社員たちに予言者のように言っていることがあります。これから大きな四つの変革が起こる。恐らく、最初にやってくるのが「超音速旅客機」だろうと。これは数年のうちに恐らく飛ぶだろう。そこに対して、我々は投資も既に終えてます。その次に来るのが——なかなかここから先は順番をつけるのが難しいのですが——飛行機のEV化、電気飛行機になると信じているんです。
その実現可能性には二つの要素があって、一つが技術的な要素ですね。それだけの技術が開発されているのか。もう一つは社会のニーズ。電気飛行機の技術はまだないわけです、はっきり言って。ないけれども、社会のニーズがすさまじい勢いで高まって、必ずイノベーションが起きると僕は信じているので、「そこに乗り遅れるなよ。しっかりと先行投資をして、どこよりも先に電気飛行機をJALに導入してくださいよ」と、言い続けている。
数年のうちに、ドローンタイプの数人乗りはできるでしょうね。それが少しずつ大型化していって、今あるような100人、200人乗りの飛行機になるのではないでしょうか。
確実にそういう世界になっていくのを、僕が一番身近に感じたのは自動車レースです。僕は、自動車レースが好きなんですよ。そこで広がっているのは、自動車メーカーがガソリンエンジンのレースをあきらめ始めていることなんですよ。フォーミュラEというのがあるんですけど、知らんでしょう。
― 恥ずかしながら、存じません。
植木
今、BSだけで放送していますけど、電気自動車のフォーミュラカーのレースなんです。4、5年ぐらい前から始まり、最初は全く人気がなかった。だって、普通、スタートとともにわーんって走り出ていくのが、しゅるるるるーと出ていくわけですよ。迫力がない。
最初はこんなレースやったって、とレースファンも言っていた。ところが今や、全てのメーカーがここに参入している。ポルシェだとかアウディだとか、今までル・マンとかに出ていたチームが全部引き上げて、フォーミュラEに来ている。自動車メーカーもわかっているわけです。今さら、ガソリンエンジンの開発をしてももう先はない。次は絶対EVだとわかっているから、そっちに先行投資している。
それを見たときに、次の標的はもちろん航空会社に来る、飛行機に来るなと。そのときのために準備しています。
― あと二つは何でしょうか。
植木
まずは月旅行です。今は超大金持ちは行けるよね。もうすぐ小金持ちでも行けるようになるでしょう。ちょうど30、40年前のハワイ旅行ぐらいのものになっていきます。
最後は、無人旅客機です。
パイロットがいなくなったら、僕らどんなに楽か。ただ、これは逆に二つ目の電気飛行機とは逆に、もう技術はできているよね。だって軍用機は飛ばしているんですから。
これについていかなくちゃいけないのは、人の気持ちです。「本日お客様がお乗りになっている飛行機にパイロットはおりません」と言われて、本当にお客様が乗るのか。技術革新より人の気持ちが変わるほうが、僕は後になると思ってます。これはもう少し時間かかるとみています。今、最低で操縦士、副操縦士の二人乗りだけど、これがまず一人乗りになり、最後は無人旅客機になるでしょう。
この四つに対して、常に目を見張らせておいて、必要な部分があったら先行的に投資ができるように、決して遅れちゃだめだよ、と社内で常に話しています。
中でも最も大きいのが、環境問題。ここに対応できない航空会社は、もう残っていけない。そこまで来ています。
― 言葉尻をとらえて恐縮ですが、無人旅客機、「パイロットがいなくなったら、僕らどんなに楽か」とおっしゃいましたね。どういう意味ですか。会長ご自身もパイロットだったのに。
植木
パイロットは「文句言い」ですもん、基本的に。世界中で今でも一番ストとかやっているのは航空関係だよね。その中でも、パイロット、客室乗務員ってとても多い。それだけ命懸けて仕事しているということですよ。
非常に強い意思を持った人間をつくり上げる訓練を僕らは積み重ねているわけです。大勢に流されるような人間ではなくて、私はこう思うというやつが出てくるのは当たり前のことです。ある意味では僕は必要悪だと思っている。
曄道 話を戻しますが、今おっしゃった四つのご指摘は、全て「大量輸送」が前提となっていますね。
植木 僕らの世界はそうですね。
曄道 これが個別になっていくという可能性はないですか。
植木
僕は難しいと思っている。何よりも、安全を確保することが難しいですね。うちだけで240機ぐらい飛行機を持っています。世界で一体、何万機飛んでいるのかな。それを衝突することなく飛ばすというのは、非常に高度な管制の技術があるということなのです。
それが個々で、車と同様に、自分の家から飛び立って好きなところに行くとなったら……。絶対に、個々の操縦では無理な選択です。一元管理をして、どこかでオートメーションできるようになれば可能性があります。どこかのコンピュータに、自分は何時何分発でどこかに行きたいと打ち込んだら、じゃあ、こうやって、こうやって行けと。あとは全部、自動操縦で、任すしかないですよね。人の操縦で今の10倍、20倍のものが空を飛び出したら、人の命は間違いなく失われる。可能性がないとは言わないけど、月旅行よりもよほど難しいだろうと思っています。
― 先ほどのパイロットの話をもう少しお聞かせください。最近、パイロット不足が問題視されています。これだけ飛行機が飛ぶことが予想できず、需給のバランスが崩れているのか、それともなり手が少ないのか。どういうことが背景にあるとお考えでしょうか。
植木
そもそもパイロットを育て上げるのに、例えば機長をつくるのに、うちの会社に入社して、少なくとも15年はかかる。15年前に、今の状況が予測できたか。そういうことですよ。15年前に入社した人が、今、ようやく機長の訓練に入っている。そういう意味では、なかなか、15年、20年先を予測してパイロットの採用をするって、ほぼ不可能なわけです。
じゃあ、なぜ、想定以上にパイロットが必要になったかというと、うちは途中で経営破綻して、そこでパイロットを減らしています。普通の航空会社とはだいぶ違いますから。
世界中でパイロット不足に陥っているというその根底には、一つは飛行機が小型化していったんですね、昔に比べると。例えば、JALは世界一ジャンボ旅客機を買った航空会社です。100機以上買った航空会社は、世界中を探したってうちぐらいしかいないんです。
なぜ買ったのかというと、まだ空港整備が追いついていなかったからです。特に、羽田ですよ、一番混雑しているのは。離着陸の枠は決まっていたわけですが、需要は非常に大きい。だから、飛行機、機材を大型化するしかなかったのです。一遍に100人でなくて300人、500人運ぶ。例えば、今の基幹路線でいうと、羽田—札幌、大阪、福岡、沖縄で、大体、1日17、18便、飛んでいます。昔、ジャンボを飛ばしていたころだったら、たぶん10便にもいっていないでしょうね。だから、昼間の時間帯は3時間あいていた。大きい飛行機を使っていたので。ところが、今ではそれよりも中型、小型を使って1時間おきに便がある。朝夕のラッシュアワーは30分おき。このほうが便利でしょ。
― なるほど、3時間おきのジャンボより、1時間おきの中型、小型の方が、乗客にとって便利ですね。お互いに効率的とも言えますか。
植木
今はそういう時代に変わってきている。機材数でパイロット数が決まるから、昔の想定よりもパイロットが必要になっています。もう一つは、日本に限って言えば、インバウンドですよ。海外からの観光客が1,000万人超えることはないだろうと言われていたのが、1,000万人を超えて3,000万までとは予想もしていなかった。だから、この二つが重なって、思った以上にパイロットが必要になってしまいました。
近くの国で言えば、中国の発展も目覚ましくて、世界中からパイロットを高給で集めている。いろんなバランスが崩れてきて、そういう意味では、今、パイロット養成というのは、どこの航空会社も厳しい形にはあります。
― 先ほど、会長が「パイロットというのは、強い意思が必要」とおっしゃられたので、ひょっとしたら、人間自身が脆弱になって、適格者が少なくなってきたのだろうかと考えたのです。訓練に耐えれなくなったということはないのですね。
植木
だって、楽になりましたよ。こんなこと言ったら、怒られるかもしれんけど、ものすごくオートメーション化されていますから。もちろん、オートメーション化で昔より難しくなっている部分もあります。だけど、昔からすると負担は少ない。
例えば、昔、10の集中力があったとすると、フライトに8を割かなければ安全に飛べなかったものが、今5ぐらいでしょうね、せいぜい。そうすると、残りの5を何に使うか。緊急の場合に備えたり、ほかのことに気が回せるようになった、そういう意味では、そういうのも含めて、昔よりもより安全なフライトができるようになった。
― 女性のパイロットもどんどん増えますね。
植木 増える。今、JALだけで言えば約2,000人のパイロットがいますが、たしか、20人ぐらいいます。
― 1%ですね。それがこれからどんどん増えて半数ぐらいにはなるとうれしいですね。
植木
最近パイロットとして入社してきている人の中では、もう1割ぐらいになっているんじゃないかな。かつての10倍ぐらいになっていますよ。
女性、いいですよ。男、要らん。
【ひとこと】 パイロットがいない自動操縦の電気飛行機が空を飛ぶ時代——。環境には配慮しているのだろうが、やはり乗客としては心がついていかない。「文句言い」でも結構、やはりパイロットには乗っていてくれるとありがたいと思ってしまう。そのパイロットの半分が女性であったらもっとうれしい。「男、要らん」とまでは言わないけれど。(奈)