大切なのは働き方改革ではなく、「働きがい改革」。社員一人ひとりが、人が幸せに生きられる社会を目指し、自分の仕事に取り組んでいくこと、それこそが「働きがい」につながるのだと、永野毅・東京海上ホールディングス会長は強調する。
モデレーター 松本美奈(上智大学特任教授)
― こちらでは「働きがい改革」を始めているのでしょうか。
永野
随分前から取り組んでいます。働き方改革は時短から来ていますけど、私たちは働きがいのあるやる気の出る会社をつくろうやと。
企業にとって、働き方改革とは成長戦略そのものなんですね。国にとっても同じはず。まずは、どうしたら日本を成長のサイクルに乗せるか、変えていけるかという青写真を国民に示し、分かりやすく説明していくことが大切だと思います。
残業だけやめてみんな帰ります、給料どうしてくれるんだという話になる。当然、社会はむしろ低成長、賃金も下がってくる。
― 御社は違う、ということですね。そうなると、採用や働き方も「働きがい」に向けてどう変えているのですか。
永野
採用から評価、全部つながっている話です。社員の人材育成もそう。時間的に効率よく働くことができれば、当然そこからは時間の余裕が生まれてくるわけですね。その時間をどう使うか。
テレビを見ていたら、バッティングセンターに通っている人がいました。あまり早く帰ったら家内に怒られるから駄目だとか、テレビに出て話しているわけですよ。呆れました。それを自己研鑽に使って、個人のレベルアップに使って、場合によっては上智大学に行ってもう一回学び直して、短時間で知的な仕事ができるようにする。生産性をもっともっと上げて結果につなげ、還元していく、そういう発想がどんどん出てきてほしい。成長のサイクルが回っていかないことには、何のための働き方改革かわからないですよね。
― 余裕が生まれたらそう使いなさい、ということですか。確かに成長につながりそうです。採用基準はどう変わる、もしくは変わったのでしょうか。
永野
採用基準は会社によってそれぞれでいいんですが、新卒一括採用以外の採用方法も考えていく必要はあると思っています。先ほどから申し上げているように、いろいろな経験を学生時代に積ませようと思ったら、就職活動に合わせてスケジュールを組んでくれ、ということが難しくなるということもあると思います。
いつでも就職したいときに就職できる。企業もポストが空いたときに補充できる。一旦辞めた人であっても、外で学んだ人はもう一回企業に帰ってきてもいいというチャンスを与える、そんなフレキシブルな社会が望まれているのではないでしょうか。3月に卒業し、一括して採用というのもあっても構わないです。ただ、それだけでは駄目で、柔軟に採用するようなスタイルに我々も変えてきています。これはさらに柔軟になっていくのではないかなと思います。
― そうすると、大学の対応も求められますね。
曄道
多くの大学は今、一括採用を残してほしいと表明しています。ただ私個人としては、会長がおっしゃったように、いつでもいいと考えています。仮に大学2年生で就活になったらどうなるんだという議論があります。もし本当に社会が、大学1年生を終えた段階の学生を採用して企業の活動がうまくいき、社会がより成長するのであれば、そもそもそんな大学は要らなかったということですよね。
むしろ、それほどに自由になり、大学の4年間で育てる意義、大学教育の存在価値を社会と共有できれば、初めて日本の高等教育改革が成功したと言えるのではないでしょうか。企業と大学双方が柔軟性をもって、そうした採用に当たっていったらいいと考えています。
ご指摘の通り、今の一括採用は、大学のプログラムの柔軟性を束縛しています。3年生のこの時期には何をしてと拘束されているので、やはり考えていただかないといけない。同時に、大学のカリキュラムそのものも見直さなくてはいけない。双方が柔軟性を持つことで、多様な生き方があるということを学生に示していく必要があります。
永野
欧米の社会を見ていると、例えばハーバード大学に進んでも、4年で卒業する人、卒業しない人、様々です。卒業していなくても成功している人は、たくさんいる。4年間やり終えることが別に大事なわけでもないですね。もちろん4年間やり終えれば、それに越したことはないと思いますけども。したがって2年で退学したとしても、どんな力や経験を持っているかを企業は見ていかなければなりません。だんだんそういう風になっていきますよ、間違いなく。
一方で、組織ですから、例えばコーポレートアイデンティティとか企業の文化は結構、大事にしているんですね、我々は。出たり入ったり、短期間では企業文化が生まれにくいのです。だから、何のためにこの仕事をしているんだということをしっかり国内外に4万人いる社員ひとり一人に根づかせ、理解してやる気を持ってやってもらうためには、やはり一定程度の期間、会社に所属してもらうこともまた大事なんです。
中途採用者ばかりの集まりになっても困る。コアになる社員がいれば、比較的短期な人もいて、いろいろな人が集まりながらコアを形成していくということでいいのかなと思います。
― 企業の方々はグローバル人材がほしいとおっしゃいますね。そのグローバル人材の定義づけはさまざまです。永野会長はこの言葉をお使いになりますか。使うとしたら、どんな人材を指す言葉でしょうか。
永野
僕の定義では、多様性を受け入れ、グローバルな課題に対してグローバルな知見を持ち寄って答えを出せるようなリーダーシップが取れる人のことです。
地理的にグローバル展開している企業はたくさんあります。事業のグローバル化ですね。これに対してマネジメントのグローバル化は、非常に難しいチャレンジです。これに成功している日本の企業は少数です。
世界中に散らばっている知見を持ち寄って、企業としての重要な意思決定をしていく。一国で解決できないような課題について、各国の知見を持ち寄って意思決定をしていく。こういうことができることをグローバルマネジメントと言っていますが、うちの会社が目指すのは、それです。
その実現のためには、フランスならフランス、アメリカならアメリカ、アジアならアジアにいる優秀な人たちが一堂に会し、そこで共通のテーマについて論議をして答えを出していくという、そんなことが可能な仕組みを作っていかなきゃいけないですね。
例えば、委員会であったり、あるいは取締役会であったり、いろいろな会議体とか、そういうものを作る。あるいはいろいろなコミュニケーションのルートを設けて、世界に散らばっている優秀な人たちのノウハウが生きるような仕組みを張り巡らせるのです。
― 当然、組織もそれに合わせて変えていくことになりますね。
永野
そうです。ここでも世界に散らばっている人材をいかに活用して共通のテーマに立ち向かえるかが最大の課題です。それができる人材、特に日本人を育てていかなければいけない。そのためには何が大事かというと、リスペクトされなければいけない、ということです。この人と一緒に働いてみたい。この人と一緒に働いたら楽しい。働いたら何か自分たちが得るものがある。尊敬できるから、この日本人と働きたい。そういわれる日本人を育てていかなきゃいけないんですね。
言葉が話せるというのは最低条件です。もっと大事なことは、何を伝えたいかということ、その人の持っている奥深いハートの部分です。日本文化に対する造詣の深さということもあるでしょうし、その人の持っている中身です。そういうものがないと、やっぱり一緒にやろうとしても、長続きしないです。
曄道
同感です。私も、リスペクトという言葉に尽きると思います。相手の尊敬、信頼を得るということが社会の中で、とりわけグローバル社会の中で大きな要素になる。そのために大事なことの一つは人間性ですね。上智であれば「他者のために」というマインドをしっかり持って社会を見るということは、そこにつながると思います。
もう一つ大事なことは、やはりリベラルアーツ、教養でしょう。国際通用性のある「智」とは何か。私たちは上智の智という字を使って表現するんですけれども、それは何かということを日本社会全体で考える必要があると思います。
話をしていてもつまらない、話が長続きしないというのでは、やはり信頼を得ることはできないでしょう。やりとりする中で、この人は深みのある智を持っているんだということもリスペクトにつながるでしょう。
だから、国際通用性のある智とは何かについて、強い意識と深い考察をもって教育体系をつくりたいのです。ここでも産業界との連携が必要で、今のお話のような、世界に散らばっている方々が何を経験され、信頼を得るうえでどんな課題意識を持たれたのか。そういったことについて、大学がもっと社会から学ぶ必要があると痛感します。
永野
今のお話の中で、リベラルアーツというキーワードが出てきましたね。今の社会は混沌としているんですね。さっきAIとかテクノロジーみたいな話が出てきましたが、一番大事なことは、人間社会をどうデザインしていくかとか、そうした点が大事なんです。
その意味では、文理融合が重要だと思います。技術とか科学とか社会とか倫理とか法律とか、そういうものを専門家が集まって持ち寄り、次の社会をどういう社会にしていくか、人が幸せになるためにはどういうデザインをしていけばいいのかを語り合う。そういうことがもっと行われるべきと思います。
新聞を見ていても、技術の話が多い。それで何なんだ、と感じている人もいるでしょう。人工知能でどういう社会を目指すのか、目的のところが語られていない。それこそがリベラルアーツで、それを教えるのが、僕は大学だと思います。
ですから、今一番大事なのは人文、社会科学ですよ。これをもっと教える、そのために産学がもっと連携していく、ということはとても大事です。
【ひとこと】 「代表的日本人」(内村鑑三著、岩波文庫)には、西郷隆盛や上杉鷹山、二宮尊徳ら5人が紹介されている。「我が国民の持つ長所を外の世界に知らせる一助」にしたいと願い、日清戦争の最中に英語で書いた本だという。この本を読んだ学生たちの感想は、例外なくこうなる。「日本にも、尊敬できる人がいたんですね」。過去形なのだ。(奈)