オンラインで情報を取れても、最後の決め手は現場を歩くこと。それも平時から歩き、コミュニケーションを積み重ねていくことが有事を迎え撃つ力になる。 モデレーター 松本美奈(上智大学特任教授)
曄道オンライン化が広がって、北海道の声も九州の声も聴きやすくなったとおっしゃっていましたね。ご指摘のように、お互いの距離を縮めて、さまざまな声を集めることができる環境は利点だということに共感します。大学でも、学生からの声が出やすくなっていることは事実です。質問や意見も出しやすいようです。ただ、改革を進めようとするとき、そうした状況が情報過多をもたらさないかと懸念しています。
竹増リモートで入ってくる情報を整理するのが、自分の目で見る現場です。先ほどお話しした四谷周辺のお店の状況も、やっぱり自分で歩く。現場を見て、現場に立っている店長、オーナーさんと話をする、それも現場で。その中で、入ってくる情報を整理していきます。やっぱり僕ら、リアルのビジネスをしていますから、現場を見ないとこちらからの発信も鈍るし、迫力にも欠けてしまうと思うんですよ。
昨年(2020年)秋以降、僕は社内で一番店を回ってるんじゃないかって自信を持つぐらい、回り続けました。そうしたら、出張で飛行機に乗っている時間とは何だったのだろうという感覚に見舞われたのです。飛行機に乗っていた時間の分、自分の足でお店をぐるぐる回っているのです。
― 徒歩だったり、車で行ける距離を回っていたりということですね。
竹増そう、車で行ける圏内です。そのうち「Go Toトラベル」が始まり、政府公認で出歩いてもいいんだと、また日本全国を歩き始めました。現場を見るには、必ず出向かないといけないんです。そしてホテルに戻って、違う地域の店舗とリモートでつないでやりとりをするのです。
― リモートで情報は入手できるけれど、現場がないと生きてこない、その意味がわからないということですか。
竹増そうだと思います。危機のとき、最初はトップダウンでいかないといけない。ただ、その後みんなの情報を集めて、さあ全員で変革をとなると、全員がオーナーシップをそれぞれの持ち場で発揮しないといけない。そのことを踏まえて意味のあることを発信するには、机上の論理でいくらものを言っても、現場にいる仲間には響かないのですよ。
回っている途中で驚いたのは、オーナーさんから「社長が社内で一番、店を回ってるらしいね」と行く先々でおっしゃられたことです。「いつ社長が来るか分からないらしいぞ」みたいな感じで伝わっていて。そしてみんな、僕が行くと喜んでくれますし。
曄道それはいいですね。私がオーナーでも楽しみだと思います。
竹増実際に現場から発信してるという事実が響いている証拠なんだ、と実感しました。それがまたリモートで集まってくる情報の取捨選択の中でも生きてきます。
― コロナ禍の前年、2019年はコンビニエンスストア業界全体の空気が重かったですね。24時間営業、働き方改革、人手が足りない、コスト削減、過密な物流…。それがコロナ禍で、何か空気が変わったような感じがします。こんな時期なのに。
竹増そうですね。確かに人手不足であったし、オーナーさんの負担感も非常に大きくなっていました。
実は我々は4、5年前から、どんどんデジタル導入にかじを切っていました。例えば需要予測をAIで出せるようなシステムは、すでに全店に導入されました。それまで、発注には90分から2時間かかっていましたが、30分でできるようになりました。釣り銭を自動的に出せる機能のついたレジに替えたら、お客さまがレジまで並ぶ時間を短縮できました。
オーナーさんのお話を聞いて、打てる手は打ってきましたが、発端は他のコンビニさんでしたが、一気に社会問題化しました。もちろん、ローソンにとっても他人事ではありません。僕らとしても認識はしていた。だから、それに対する解決の手を打ってはいたけれども、まだ足りなかった。
あのときも現場を回ってオーナーさんと向き合い続けました。何か問題が起こったときに問われるのは、正面からきちっと話せるかどうか、そういう関係を平時からつくってるかどうかです。オーナーさんとの直接対話の会は、その問題の前から非常に多かったです。僕も極力参加してきました。社長が自ら入っていってオーナーさんに厳しく糾弾されるというのが、僕はローソンのいいところだと思っています。他のチェーンで同じようなことをしているかどうかまでは知りませんが。
― 平時から有事を想定している、そんな感じがしますね。直接対話する場は他にありますか。
竹増女性だけを集めた女子会みたいのもつくっています。オーナーさんの中から、女性オーナーも声を上げたいというご要望をいただき、女性だけ集まって話しましょうということも始めています。福祉会という場もあります。オーナー福祉会、理事さんに集まってもらって、年2回は必ずやる。理事は任期があるので、OB・OGになった方から「私たちの話はもう聞いてくれないのか」、と来る。ではそういう方々の会もやろうって。他にも、年に2回、10年やって再契約してくださったオーナーさんをみんな、ハワイに連れていくんです、ご家族と一緒に。その船の上でも、10年の歩みを語り合ったり、これから10年どうしていこうっていう思いをぶつけ合ったりして。
僕らフランチャイズビジネスなので、オーナーさんがなければビジネスをできません。オーナーさんも本部がなければビジネスできません。お互い、運命共同体という意識を常に持っていました。だから、コンビニエンスストアと加盟店との関係が様々なメディアで取り上げられるようになった中でも、お互い正面からきちっとぶつかり合う、そういうことができたと思っています。
― その中でコロナ禍が広がったのですね。
竹増そうです。その時も、とにかくメッセージを出し続けないといけない、オーナーさんを孤立させてはいけない、不安にしてはいけない。メッセージを出し続けました。いつでも振り向けば、俺たちがいるよみたいなことですね。24時間営業の問題のときも、コロナ禍でも本部は絶対逃げないと。社長は常に現場回ってるよと。24時間問題を通してもお互いの関係が強まったと思っています。
ローソンには「社長直行便」という仕組みがあり、お店の人がどんどん僕にメッセージをダイレクトに送ってくるんですね。それに対して、僕が全部返事を書く。
最初は不安なメッセージが殺到しました。こんなコロナの中で私たちどうすればいいんですか、オフィス街ですから、お客さんが誰もきてくれません、私たちの生活どうなるんでしょうか…。皆さん不安な気持ちでいっぱいです。それがたくさん寄せられてきました。それに対してメッセージを出しているうち、夏頃にはもう「やっぱりローソンやっててよかった」「竹増さん、ありがとう。竹増さんが約束した通り、サポートしてくれた」って。国からもいろんなサポートが出ました。
お礼だけでなく、夏には「今度はこういうローソンにしたい」「こういう商売やってみたいんだけど、どうだろうか」と、ポジティブな反応に変わっていったのです。今もオーナーさんから寄せられてくるものはほとんどが提案型です。
― 提案型ですか。苦情でもなく、非難でもなくて。
竹増そうなんです。ウィズコロナの段階に来ているから、こういう商品を作ってほしいとか。そんな内容に変わってきているのです。いいときも悪いときも、僕らはお互い最大のパートナー、なくてはならない存在なのだからこそ、向き合い続けること、コミュニケーションが大事だと実感しています。ぶれずに。常に正面から向き合い続けることがビジネスでは大事なのだろう、と感じています。
― 社長に就任されてからのインタビューを拝読していると、「コミュニケーション」がキーワードになっていますね。ただこの言葉は、人によって意味合いが違うようです。竹増さんにとってのコミュニケーションの言葉の定義をお聞かせいただけますか。
竹増大事なのは、分かり合うことです。分かってもらうだけじゃなくて、分かり合うのがコミュニケーションですね。
― オーナーさんだけでなく、お客さんとのコミュニケーションも大事ですね。どうやってコミュニケーションをとりますか。
竹増たとえば(オリジナル商品の)パッケージもコミュニケーションだし、広義で考えるとビジネスそのものが社会とのコミュニケーションですね。僕たちは壮大な理念を掲げてビジネスをしておりますので、「“みんなと暮らすマチ”を幸せに」を実現するためには、やはり本当にマチとのコミュニケーション、それを、店舗を通じても、商品を通じても、サービスを通じても、本部を通じても行っていく。そういうことだと思います。だからコミュニケーションは、非常に大きな意味を持ちますね。
曄道コミュニケーションが大事だ、ビジネスそのものが社会とのコミュニケーションだと感じられたきっかけとかはあるでしょうか。
竹増僕らは「ピープルビジネス」だと思っています。1人じゃできない仕事です。日本国内に限っても、14,500店舗です。6,500人のオーナーさんがいらっしゃって、クルーさんは17万人、本部社員は4,000人です。合計18万人で日本のオペレーションを動かしています。みんなが同じ方向を向いたときのパワーってすごいですね。
昨年3月、小中学校高校が休校になったとき、働いている親御さんから悲鳴が上がりました。学童保育に子どもを預けないといけないけれど、昼食をどうしようと。すぐに決まりました。じゃ、俺たちがおにぎりを持っていこうと。学童の方に、必要な個数をおっしゃってくださいとお伝えしました。大体3万個ぐらいかなと勝手な予想を立てていましたが、予想を遥かに超えて、60万個弱のご要望をいただきました。全国の学童保育から、うちは100個、うちは50個とかご注文をいただき、約7,000か所に持っていきました。そんなときも、やっぱりこれがローソンのDNAだなと思ったのは、社員も全員、「俺も持っていきます」「私も持っていきます」と立ち上がってくれた。クルーさんもオーナーさんも「私たちもやらしてほしい」と。みんなが役に立ちたい、マチの人たちが困っているんだったら自分たちが何とかしたいというDNAがある。そういうことを、おにぎりを運びながら感じました。
― 社長の号令一下ではなく、皆さん自ら動き出すのですね。
竹増そうです。常に全員がわっと一つのことに向いていくパワーは、みんなが理解してくれないとできません。これまでのバックボーンがあるので、今回も一瞬にして団結するんです。
新しいことにチャレンジするときには、理解を得るためにこちらが相応の覚悟でコミュニケーションを重ねないといけません。一方通行で話しても伝わらないですよね。みんなの意見を聴く、広く聴く、広聴活動という言葉もありますが、お客様の言葉、あるいはオーナーさん、クルーさんの言葉、社員の言葉、そういうことをのみ込んだ上で、常に双方向でコミュニケーションし続ける。そういうことがあって初めてビジネスにパワーが宿るし、その結果、一人一人がオーナーシップが持てて、主体的に自分たちの仕事に取り組んでいける。コミュニケーションのないところに、オーナーシップを持った主体的な働きを期待することは難しいですね。
曄道コロナの特徴の一つは、日本だけではなくて、全世界に同時に広がったということだと思います。冒頭でおっしゃっていた、阪神・淡路、3.11などはいずれも、ある地域の厳しい局面に対して日本がどう考えるかが問われました。今は日本全体が同じような状況に陥っています。そのときに、一斉に立ち上がろうという力が湧く文化土壌というものは、どう醸成しているのでしょうか。国難はそうめったには起きない― 起こっては困りますが― それに向かって準備しておこうという掛け声は、あまりないと思っています。その中で国難が起きても、ぱっと動ける社員の方々の行動力であるとか、あるいは理念に対する向き方を一致させるために、何か特別な仕掛けがあるのでしょうか。
竹増企業理念が非常に大事だと思います。マチと共に生きていて、お店があるマチを俺たちは幸せにするっていう仕事をやってるんだと。そのときに、もしもそのお店があるマチが大変な困難に向き合ってる、困難に陥っている、まさにそのときに俺たちができることって何なんだろうか。常にみんな考えているのですね。
こちらが一方的にたきつけているわけではありません。オーナーさん同士もネットワークをきちっとつくってもらっています。つくってほしいとお願いしていることでもあります。熊本地震の時も僕はお店を回っていました。そのときに店頭で、東京のオーナーさんがレジを打っている場面に出くわしたんです。びっくりしました。だから「あれオーナー、ここでどうしたんですか。東京のオーナーさんですよね」と聞きました。そうしたら「うん、東京から来たよ。こういう地震のときはみんな大変だから応援に来たんだ」とおっしゃっていました。大変だろうから、うちの社員を連れて応援に来た。熊本の仲間に聞いたら、ここの店が特に大変だからって。応援してもらっている間、熊本のそのお店のオーナーさんは自宅に帰って、片付けができた。なんせ自分の家も被災していますから。「だから、今日は一日、俺が店にいるから、社長も何か買ってって」と言われました。
― 社長も驚かれたでしょうが、そこのオーナーじゃないとわかる社長にびっくりしました。
竹増回っているとね、わかるんです。福井の大雪のときにもそういう方がいました。「あれっ、岐阜のオーナーさんじゃないですか」と尋ねたら、「そうそう、岐阜から来てるんだよ。どうなっているかと気になって訪ねてきたんだよ」って。大雪の中、革靴で歩いて来ていたから、足がずぶ濡れで風邪をひきそうだよなんて笑っていて。そのお店のオーナーにはちょっと休んでもらっていると言っていましたね。北海道は何か起こったときには九州のオーナーさんが来ていました。よそで起きている災害を他人事としてとらえず、いつでも助けに行くし、いつでも自分たちの物資を回してほしいという人たちがいるんですよ。そういうネットワーク、これこそが俺たちの仕事なんだっていうことを、オーナーさん一人一人が持っていらっしゃるんですね。みんな助けてもらったっていう経験があるということでもありますね。
― お互い様、という文化もあるようですね。次は、学生たちが最も気にする採用について伺います。お話から、オーナーさんを支え、オーナーさんと地域、本社をつなぐのが社員の役割の一つだと受け止めます。そうなると、採用では、コミュニケーション能力が高くて、臨機応変に対応できることを重視するのでしょうか。
竹増ローソン本部には社員が4,000人います。18万人の仲間とビジネスをしているので、この18万人との共同体自体が社会です。だから、そこにはいろんな人がいていいと思ってます。社会に役に立ちたいんだ、「“みんなと暮らすマチ”を幸せにします」という企業理念に心から賛同します、それさえあればいいです。逆にいろんな人がいたほうが、社会に対する理解ももっと進むだろうし。
よくみんなにこんな話をします。僕は30歳ぐらいのときに松下幸之助さんの本「人を活かす経営」を読んだときに共感したことがあります。誰でも必ずいいところを持っている、いろんないいところがあったほうがいいんだと。
画一的に人材を揃えるのは、経営者としては楽かもしれないけど、企業としてはどうだろうか。いろんな価値観を持った、いいところがある人間が集まり、それをお互い磨いて伸ばしていく。そうすると、その社会は無敵になりますね。いろんな価値観を持ってる人たちが思いをぶつけ合って新しい価値観をつくっていけるような組織、社会は面白いですよ。だからこそ、人材教育が大事なんだと思います。画一的な人材をつくるわけではなく、それぞれの個性、いいところを見つけるのが仲間や上司の役割です。そして、いいところを大事に磨き、いつか得意の分野では誰もかなわない、そんな人間になってもらえれば。そう願います。
【ひとこと】 春頃になると、着慣れぬスーツを身に纏った学生が愚痴をこぼしにくる。「自分はダメ人間なんです」。たくさんの企業を回り、適性検査や面接を何度受けても、結果に結びつかないというのだ。一体、企業は学生の何を見ているのだろう、とその度に腹を立ててきた。「誰でも必ずいいところを持っている。それを磨いて育てる」。竹増社長の言葉にほっとする。あなたの得意を見つけてくれる企業、きっとあるよ。(奈)