コロナ禍でも成長の止まらない企業がある。「オイシックス・ラ・大地」はその一つ。インターネットを使って生産地と消費者をつなぐ生鮮宅配の雄だ。マンションの一室で始まった学生ベンチャーが今や競合他社を併合するほどに成長し、さらに販路を広げている。だが、その航路は決して順風満帆だったわけではない。逆境に挫けず、失敗に怖じず、挑戦し続けてきた同社の原動力は何か。創業者・髙島宏平社長が言う「夢中の条件」にヒントがありそうだ。
モデレーター 松本美奈(上智大学特任教授)(インタビュー実施日2021年5月31日)
たかしま・こうへい
1973年神奈川県生まれ。
東京大学大学院工学系研究科情報工学専攻修了後、
マッキンゼー日本支社勤務を経て、2000年にオイシックス株式会社を設立。
2017年、2018年に大地を守る会、らでぃっしゅぼーやと経営統合し、オイシックス・ラ・大地株式会社代表取締役社長に就任。
曄道よろしくお願いします。「求道者」は、自分の道を追い求めている方々に、日々どのようなことを考え、学んでいらっしゃるのかを伺うシリーズです。
新型コロナウイルスの感染拡大で、社会がガラリと様相を変えています。そうしたなかで髙島社長ご自身が、どのように働き方や学び方、また人とのコミュニケーションの取り方を変えているのか、いないのか、どのようにこの1年を過ごしてきたか。もっとさかのぼって、これまでどんなことを考えながら歩いてきたのか。それを学生に語っていただきたい。とりわけ、リーダーとは何かを伺いたく思います。これまでに掲載されてきた新聞各社の記事を読むと、「拙速な行動で道を開く」とおっしゃっていました。今の学生は失敗を恐れる傾向が強いので、こういうことはなかなか言えないし、できない。そういったことも踏まえて、自由にお話しいただければありがたいです
髙島 分かりました。何でも聞いてください。
― 社内は結構静かですね。社員の皆さん、2割ぐらいしか出勤していらっしゃらないとか。このコロナ禍で、社内、それから生産者や消費者との関係はどう変わったのか、そこからお願いします。
髙島
そうですね、実はそんなに大きな変化はないかなと思っています。もともと、私たちは「日々、変化対応」なんですよね。台風があったり、雷があったり。毎日のように変化への対応を迫られており、即座に対応することに慣れています。予測がつかないことも次々に起こります。台風は予測がつきますが、突然の雷とか地震とかは予測不能。そういうときにどう動くかは、生産者の方と連携をしながら素早く考えていくしかない。イレギュラー対応みたいなのには結構、慣れているのです。
2011年の東日本大震災でも、震災1週間後から全ての青果物について放射能検査をして出荷しました。日本の流通業の中でおそらく一番、早かったと思います。そういう風にやってきましたから、今回のコロナでもいち早く、もう2020年2月の半ばぐらいには対応を始めていました。
― 早い対応でしたね。海上で停泊していた豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス」での感染拡大が問題になっていた時期です。まだ「対岸の火事」のような空気が漂っていました。
髙島 ふだんから、平時モードと有事モードの経営の切替えをしているんです。「有事モード入ります」と宣言をすると、社員もすぐに「有事モード入ったな」と受け止めてくれる。特に東日本大震災を経験したり、あるいは熊本地震、豪雨を経験したりしたメンバーには強く響いたでしょうね。
― お客様に変化は見えますか。
髙島 そうですね。確かに、お客さまに変化は感じられます。東日本大震災や熊本地震、それから相次ぐ豪雨などの災害を経て、「応援消費」といったものが根づいたなと感じます。そのことが、今回のコロナでよくわかりました。今までよりもすごくスムーズに、生産地を応援するという買い方が定着してきました。そこが、大きく変わった点ではないかと思うのです。
曄道
単にその場しのぎの対応をするのではなく、災害で受けた被害からどう回復していくかを考えるのが「有事モード」だと理解しています。
今回のコロナでは、大学は授業もできず苦しんでいます。上智大学も今、もがいています。いつ収束するかが見えにくいから、見通しを立てにくい。政府の緊急事態宣言も、もうこれで終わるのか、まだ何度も繰り返すのか。全く分からない状態のまま有事モードが長引けば、みんな疲れてくる。本学で言えば、学生も教職員も疲れてくる。御社の社員の皆さんは、当初からそういう事態への理解があるから、先の見えないトンネルの中にいても有事モードを維持して働き続けているということでしょうか。
髙島 お話しした有事モードとは、「緊急対応が必要なとき」という意味ですね。
曄道 なるほど。
髙島 経営は基本的には2種類あると思っています。いかに権限を、現場というかみんなに持ってもらって、自分たちで創意工夫を重ね、高いモチベーションを持って働いてもらうか。これが「平時の経営」です。「有事の経営」は逆です。全ての権限を集約し、全ての情報を1か所に集め、意思決定をしていくのが有事だと思うんですね。
曄道 なるほど。経営の有事と平時ですか。
髙島 同じコロナ禍ではあっても、昨年の2月からの4、5か月間は、結構長めの「有事」だったと感じています。
― そうすると、まだコロナ禍が続いてはいるけれど、今は「有事」ではなくて「平時」に近い所にいる感じでしょうか。
髙島 有事から平時への移行期と言ってもいいでしょうか。東日本大震災後も、福島原発の問題があり、みんなの関心が「放射能怖い」といったところから時間の経過とともに徐々に薄れていきました。そうした移行期間があったと思っています。緊急事態宣言が延長されたり、終わったと思ったら、まん延防止法を始めたり、そしてまた緊急事態宣言に切り替えたり。そういうことが続いていて、落ち着かない状態ではありますが、今は、意思決定権を1か所に集めなくても、みんながそれぞれ変化に対応できる状態にはなっていると思っています。
曄道 それは、平時の意味が変わったとも言えるのではないでしょうか。
髙島
そうでしょうね。何をもって平時とするか。今までは天候などを気にしていましたけれど、それに加えて、宣言の有無とか感染者数の推移とか、現状を判断する材料も随分変わりました。
社員によく言ってるのは、安全と安心は違うということです。
コロナのことも、現状が科学的に見てどうかという話と、何となく不安とか、何となくいらいらするみたいな感覚にはかなりの乖離がある。感染者数がどうかとか重症者数がどうかというサイエンス面の安全だけではなくて、社会の人々の不安感とかいらいらみたいなものが生活に大きな影響を与え、ビジネスにも響いてくる。安全と安心の両方の状況を見ながら変化対応していくというのが、当社みんなの仕事です。これは、みんなでやっていく仕事です。
― なるほど。とすると、社長、リーダーとしては、どういうふうに束ねて次の作戦に続けていこうかと考えることになるのですか。
髙島 有事のときは全部束ねようと思ってましたけど、今はあんまり束ねるという認識はないですね。
― 束ねないで、リーダーとしては何をするのですか。
髙島 来年の今頃のことを考えるのが僕の仕事だろうなと思っています。来年の今ぐらいまでの間に、小さな変化はいろいろあるでしょう。それはメンバーに任せて対応してもらう。一方で、有事対応のフェーズは終わったと申し上げましたけれど、自分の仕事としては、少し先の未来を考えること、そんなフェーズにいるのではないかなと思います。
― 少し先の未来、どんなふうに考えていらっしゃるんですか。
髙島 考え中でもあるし、内緒でもあります(笑)。
曄道 消費者の行動について、変わってきたなという実感はおありですか。
髙島 そうですね、寄付文化よりも応援消費文化を実感します。買う側にとっても言い訳になるということでしょうか。相手にもいいし、私もうれしいという、この「相まってる感じ」というのが非常に日本にはまりやすい文化なのだろうかと感じます。
曄道 今後それが、日本独特の発展の仕方をしていくと見ていらっしゃいますか。
髙島
大きくなるかどうかはともかく、何だかいいなあ、とは思っています。というのは、それが日本社会の格差の小ささを示しているように思うからです。これから本格的に課題になるかもしれませんけど、現時点では海外に比べて格差は小さいですね。
寄付という行為は、この格差が結構大きい社会で起きやすいと考えます。持ってる者と持たざる者との差が大きい時に。
これに対して、応援消費は「困ったときはお互い助け合う」という発想が根底にあります。その時々によって、お互いどちらが困る立場になるか分からない。そうした社会での行動なのではないでしょうか。この応援消費が結構盛んになっている日本の現状は、今の社会のありようを窺わせると思うのです。であるなら、そういう気風がどんどん広がっていったらいいなと。
― その応援消費を盛り上げるために、何をしていらっしゃるのでしょうか。
髙島 外食店の応援をする「おうちレストラン」というサービスをつくったり、生産者を地域単位で応援したりとか、いろんなことをしています。
― 起業した頃の話をお聞かせください。起業後、大変だったそうですね。野菜を産地から買えない、野菜を消費者に売れない、お金ないの三重苦だったとか。
― プレッシャーに弱い、特に今の学生たちの年齢はそういう傾向が強いと言われています。もちろん個人差はあります。負荷をかけられると引いてしまうという学生たちに、つらい時をどう乗り越えたのか、何がモチベーションになってご自分を支えていたのかをお聞かせいただけますか。
髙島
内発的なモチベーションがあるかどうかということによると思います。僕も他人にプレッシャーをかけられたら、その瞬間にやめると思うんです。「やってられん」と。だから、今の学生が弱いということではないと思っています。内発的なモチベーションをどうつくっていくかという問題ではないかと。
今の学生と昔の学生に、基本的に変わりはないと思うんです。内発的なモチベーションがある限りにおいては、自分で好きでやっている限りは、どんなプレッシャーも乗り越えようと努力するでしょうし、その道を諦めたとしても自分の財産になると思うんですよね。プレッシャーのかけ方とか頑張らせ方というよりは、夢中になることを学んだかどうか。それが、ここぞという時に力を発揮するもとになるのではないかと思います。
― 夢中になることを学んだ…。社長ご自身の経験で、夢中になることをどこで学んだのですか。
髙島 一般的には、中学生ぐらいの部活とか、そういうところで学ぶんじゃないかと思います。自分自身の経験でいうと、学園祭、高校の頃の学園祭の実行委員長をやったのは結構大きかったなと思います。体育祭もやったし、もちろん部活も一生懸命やりましたけど、何かそういうときに夢中になることを学びました。というか、夢中になることを経験したと言ったほうがいいでしょうかね。夢中になるって、こうやってなればいいんだなみたいな感じはありました。逆に、自分は今、夢中になってないな、あのときほど夢中になってないなということも、何かに取り組んでいるときに分かります。
― 夢中になった経験からご自分の今を俯瞰することができるということでしょうか。もう少し「夢中」をお聞かせ願えますか。社長にとって夢中とはどんな状態なのでしょうか。朝から、寝ても覚めてもそのことを考えてるみたいな状態なのでしょうか。
髙島 夢中になるということは何なのか。それを言語化しなきゃいけないほど、学生さんたちに伝わらない時代ではないと思います。きっとみんな、中学生や高校生の頃に何かを経験して、だんだん大学や社会人になるに従って、夢中になることを禁じられていくというか、夢中にさせないように何かレールが敷かれてたりするのではないでしょうか。「夢中になってる場合じゃないよ」となってしまうといった感じで。夢中になることを、言語化しないとみんな知らないのかな。
― 「夢中になったことがない」という学生は決して珍しくはないと感じています。統計をとったことがないので、感覚ですが。
髙島 それはまずいかもしれませんね。やっぱり、会社を経営していても思いますが、人生で夢中になった経験がない人が社会人になって夢中になるのはすごく大変です。初めて何かに夢中になるのは、気恥ずかしさみたいなものもあると思う。何より、どうやって休んだらいいかとかも分からないから、ブレーキが壊れたようになってしまうと体も壊れてしまう。だから、やっぱり学生までの間に夢中になることは経験しておいたほうがいいと思いますよね。
曄道 夢中をどうしたら言語化できるか、それは私も思い浮かばないです。ただ、夢中になれた経験がエネルギーになって蓄積されていないと、次のステップに移行できないのではないかと思うのです。例えば社長は学生時代に情報系を学ばれてましたよね。
髙島 そうです、はい。
曄道 情報系の学問を修めていたことが、なぜ今の自然も相手にするビジネスにつながったのでしょうか。そういうエネルギーはいつ湧いたんですかね。
髙島
僕は個人競技と集団競技だったら、集団競技のほうが明らかに夢中になれる。中学生ぐらいの時から気づいていました。スポーツもサッカーをやっていましたし、それから、劇団つくったり学園祭の実行委員やったりとか。仲間とワイワイやっているのが、夢中になれる一要素だなと思っています。
もう一つは、人を喜ばせることが楽しい。サッカーの場合、自分たちの勝利のためにやるのですが、学園祭の実行委員や劇団は、見に来てくれた人が満足したり感動してくれたりすることを狙っているわけです。自分たちというよりは誰かを喜ばせようと思ってやることなので、そういう活動の方がより夢中になりやすいなと思っています。
先ほどの質問で、夢中になってる状態は言語化できませんでしたが、夢中になる条件は言語化できますね。仲間でやること、誰かを喜ばせること。
― その条件が整うと、夢中のスイッチが入るのですね。起業もそうだったのでしょうか。
髙島
大学3年生ぐらいのとき、1990年代ですが、研究室で初めてインターネットに出会って衝撃を受けたんです。その時に、これをつないで、仲間と一緒にインターネットを使って人々を喜ばすことがやりたいと考えたのです。それが今の仕事に至っていると思っています。
という意味では、自分的には大きく転換したというよりは、夢中になる要素があり、インターネットとの出会いがあって、今日に至っていると思っています。ヘルスケアとか別の分野でもよかったかもしれませんけれど、まあ食品からリサーチしてみようかっていったところでした。インターネットを使って、仲間たちと社会をよくできそうだなと思ったという感じです。
【ひとこと】 仲間と、誰かを喜ばせること。これが夢中の条件、と言う人が社長であることが会社の成長の秘密かもしれない。儲けを目指すだけではないことが消費者にも伝わるのだろうか。それにしても「夢中」は強い。これまでのインタビューをふりかえると、どの求道者も「夢中になった経験」を持っていた。道を求め続けるエネルギーは、ここからこんこんと湧き続けているような気がする。(奈)