求道者たち

vol.02

 道はあるか。どこにあるか ー理念を追い求め、社会が、国が進むべき道を模索し続ける人たちがいる。時に周囲から厳しく批判され頓挫しながらも、常に高くアンテナを張り、書を片手に実世界に学ぶ姿勢は、現代の求道者とたたえても過言ではないだろう。

「再構築の時代」が求める主体性(2)みずほフィナンシャルグループ会長  佐藤康博氏

キャッシュレス化の広がりは、金融機関の姿を変えた。店舗内では事務作業のロボット化が急速に進み、大規模な配置転換も始まっている。「安定した職業」の代表格だった金融機関での働き方、そして生き方も変革を迫られている。
モデレーター 松本美奈(上智大学特任教授)

格差緩和に貢献する金融機関

― 今年10月に消費税率が10%に引き上げられました。それによって金融業界はどう変わっていくのでしょうか。新聞ではキャッシュレス化が進むことなどが報じられています。

佐藤消費税は、日本の社会保障制度のあり方と直結しているので、引き上げは、高齢化が進むなかで社会をサステナブルにしていくためには必要なことだろうと思います。
 金融とどうかかわるは、結局、経済全体がどうなるかにかかっています。10%の消費税によって消費が非常に落ち込んで、経済全体がスローダウンしていくというようなことは、経営にとっては一番問題になります。今回は政府も軽減税率などで対応しているので、マイナスは緩和できるかもしれないと思います。大事なのは、それだけ増やした税収をどこに使うかという観点です。今回、安倍政権は幼児教育の無償化をやりましたよね。

― 高等教育の無償化にも。

佐藤制度的には課題も多くて、フォローアップをちゃんとしなければいけないと思います。世界中で起こっているポピュリズムの台頭とか、ブレグジットなどの反グローバリズムの拡散などの社会現象の一番ベースにあるのは、格差の問題です。資本主義の成功の中で今まで置き去りにされてきた、格差の底辺にある人たちが、ついに我慢できなくなってきている。
 でも、この格差が生じるのは、資本主義の構造上、ある程度やむを得ないんですね。資本主義という体制は二つの車輪で回っている。一つ目の車輪は「競争原理」で、もう片方の車輪は「倫理」。この二つがちゃんと回っていないとがたがたになってしまう。だが、今は「競争原理」の車輪の方が回り過ぎてしまっている。
 格差がひどくなって、世界中で紛争が起きているというのは、まさに資本主義の崩壊の道です。それを避けるためにはどうすればいいか。
 それには一つしかない。国が所得再配分機能を果たすということですね。消費税の問題を考えるときにこうした視座も必要だと思います。

― 難しいことを。

佐藤そうですね。すごく難しい問題です。所得再配分機能を国が果たすには、ベーシックインカムという制度が効果的だという意見があります。国が国民全員に基本的な生活を保障してしまうという制度です。
 欧州で実証実験をやりましたが、結局、財源が足りなくなって継続できなくなってしまいました。資本主義の重要な車輪の一つ「競争原理」を失ってしまった結果と考えられます。
 このケースとさきほどの消費税の話と共通するのは、「結果の均等」ではなくて、「機会の均等」が守られるべきだということではないかと思います。消費税増税を財源とした幼児教育の無償化により、どんな貧しい人でも幼児教育は受けられる。そこから先は、自分の努力次第で貴学のような立派な大学に入れるということになります。
 ところが、この幼児教育のところで不平等化が起こると、例えばシングルマザーの子どもは学校に行けなくなり、貧困が再生産され、格差がもっと広がる。社会の安定性も損なわれる。
 そういう意味で、消費税の問題というのは、この増税による財源をどう再配分していくのかというところに国民が関心を持って、適正配分になっているかどうかをフォローアップしていく必要があると思います。
 金融機関として、今回の消費税引き上げに関して考えなければならないのは、やはり、経済的な弱者の生活が安定的に回るような形でのファイナンスのあり方について、しっかりと目を向けていく必要があると思います。

― 具体的には、どんなことをされているんですか。

佐藤例えば、中小企業でかなり難しい局面にあるような方に対して、資金を貸していくということが挙げられます。今までは社長の保証をとったり、土地の担保をとったりで、いわば、バランスシートを見てお金を貸していました。最近はテクノロジーを使って、仕入れと支出のキャッシュフローを見て、そういった担保がなくても、小さな企業でも資金を貸していくことができるようになりました。これはテクノロジーがあって初めてできることです。それから、リバースモーゲージをご存じでしょうか。ご自宅はあっても、もう高齢の夫婦二人だけになっていて、生活が苦しい。生活資金が足りないので何とかしたいというご希望がある。持ち家だけれど、売ってしまったら住む所がなくなるので、自宅をいったん売って、それをリースバックしてもらって、自宅に住み続ける。自宅の価値だけはマネタイズして、それを生活費に充てることができる。これをリバースモーゲージといいます。モーゲージというのは土地担保融資ですけれども、それをリバースして、資金を供給するというような、そういう金融の仕組みです。こういった仕組みの中で、経済的弱者も老後が安定できるような資金の融通の仕方をやっています。あるいは、今みたいに金利がほとんどなくて、年金生活者も銀行に預けているだけでは金利がつかない。そういう人たちに対して運用の経験とか運用のノウハウといったものを習得していただいて、資産運用をアドバイスしていくというようなサービスを行っています。消費税増税と直接関係しているわけではないですが、様々なアイデアで経済的な弱者に対してファイナンス面でサポートしていくということは、金融機関の大事な役割になってきています。

ロボット化とキャッシュレス化で変わる働き方

― なるほど。ところでテクノロジーは、金融界の商品だけでなく働き方も変えているようですね。RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)がずいぶん活用されていると聞いています。

佐藤すごく変わり始めていますね。金融機関には支店がたくさんあります。大体、鉄道の駅から近い、一番いい場所にある立派なビルの中に入っているわけです。
 我々の渋谷支店には、ATMが30台ぐらいあります。5年ぐらい前までは、30台のATMの前にいつもお客様が並んでいました。ところが今は、もう3割も使われてない。私の息子も、銀行に行ったことはここ4、5年ないと言ってます。テクノロジー、特にスマホの発展の中で、口座振替とか口座開設などの取引はほとんど全てスマホの中で完結してしまう。その結果、銀行は、大きな店舗を、駅の真ん前の、ものすごく地価の高いところに持っている必要性がどんどん減ってきているのです。それが一つ。
 もう一つは、銀行は「ミドルバック」といっていますが、窓口で受け付けた融資や預金などの業務を、後方部隊が事務的にシステムに入れたり、書類をつくったりして処理しているわけですが、このミドルバックに膨大な手間がかかります。
ところが今は、そこにロボットを入れることで、事務処理に従来ほどの人的資源を必要としなくなりつつあります。
 2017年の11月に構造改革の発表をしたときに、10年間かけて1万9,000人減らすという話を申し上げたのですが、非常にセンセーショナルに取り上げられて、みずほは調子が悪いから人を減らすのだといった論調の報道もありました。そんな状況ではありませんでしたし、そもそも日本は労働慣行として、簡単に人を減らすことができるわけでもありません。
 私が言いたかったことは、金融に大きな変革の波がきていて、そうしたミドルバックの業務は、テクノロジーで処理する時代が来るということでした。
 そういう業務を行なっている人たちにもう一度教育を受けていただき、コンサルティングとか、あるいは営業とか、新しい仕事、働きがいのある仕事についていただく。そのための再教育制度も充実させて、組織として転換をサポートしていくことに力を入れています。一方で新規採用者の数を徐々に減らしながら、退職者は年齢とともに出てきますから、10年かけてそれだけの人数を減らすんだということをご説明しました。

― いまやどこのメガバンクも同じようなことをしています。

佐藤そうですね。他行が行なった後だからやりやすかったのかどうか知りませんけれども、今は他のメガバンクもそうした転換を発表してますね。ただ、アメリカやヨーロッパの金融機関は、私たちよりも先にそうした構造改革に手をつけています。
 そうした構造改革を発表した結果、学生が金融機関を就職先として志望することをためらっているという現状があります。社員数が少なくなるのはいたし方ないわけですけれども、クリエイティブな仕事に転換してもらうために社内教育を充実しています。社員一人一人が、むしろ色々な業務にチャレンジできる態勢を整えていることを知っていただきたいですね。
 RPAというのは、そういう効果があるんですね。これからは金融のみならず、あらゆる産業のあらゆる分野で、こういうロボット化やAIによる代替が進んでいきます。そこから押し出された人を再教育することが大事で、これは「リカレント教育」と呼ばれる分野ですが、大学とも協力しながら充実していかなければいけない分野です。

― キャッシュレス化も、金融機関での働き方を変えているのでしょうね。

佐藤世界の中で、日本は物すごいキャッシュレス後進国です。キャッシュ決済比率が80%ぐらいある。先進国で、こんな国はないですよ。韓国は5%。中国も40%ぐらいですし、スウェーデンはすごく進んでいて、名目GDP対比の現金流通残高はわずか1.4%なんですね。
 キャッシュを扱っているがゆえに、例えば、コンビニではキャッシュを用意してなければいけない。そのためにはセキュリティが必要です。それをカウントする人も必要です。ガソリンスタンドしかり。ありとあらゆるところで、現金が必要になっています。もしそれが必要なくなる社会になると、その効果は10兆円を超えると言われているんですね。GDPで。
 金融界だけでも恐らく1兆以上のコストを節約できるとみているので、キャッシュレス化の進展は、銀行にとって生産性向上の大きな助けになります。銀行でも、資金部というとても膨大な組織を持っています。
 先ほどの話にもつながりますが、ロボットやキャッシュレスなど、こうしたテクノロジーの進展は、多大な利便性と生産性向上をもたらしますから、やらざるを得ないです。やらないと負けますから。
 ただ、コインに表と裏があるように、テクノロジーの表、良さだけでなく、裏側を必ず見なければいけない。キャッシュレスの裏側がどういうことになるのかというと、キャッシュレスで決済すれば現金を必要としませんが、ではその支払いに関するデータは一体どこに行っているのか。ここをちゃんと見ないといけない。このデータがまた全部吸い上げられて、購買記録になり、それこそ、さっきの話ではないが、「あなたはこの冬物の、この洋服を買いなさい」となってくるわけですよ。

曄道自分の足跡、データは誰のものなのか、という議論が起きています。

佐藤今、世界中で議論されています。個人データのオーナーシップは誰が持っているのかと。その個人が、個人情報を渡した後のイレーサビリティ、消す権利とか、あるいは、ポータビリティ、あっちからこっちに移す権利とか。そういう権利関係のあり方がルールとして確立されていないので、グローバルにつくっていかなければいけない。ヨーロッパでは進んでいますが、中国やアメリカ、日本ではまだ途上です。
 キャッシュレス世界というのは必要です。利便性だけではなくて、経済効果、社会の生産性向上の面からも必要ですけれども、同時に、手当てしなければいけないものをしっかり踏まえて、施策を打っていかなければいけない。使っている側も、それがどうなっているのか、何なのか、自分のデータはどこにいっているのかというようなことに、イマジネーションを働かせていかないと。日本の消費者はすぐ利便性に飛びつき、そのあとは何でもいいというふうになってしまう傾向があるので。
 個人の権利とか、個人の価値観といった問題。今の日本人が最も忘れているものが、それらではないでしょうか。

― イレーサビリティについて、みずほ銀行で何か取り組みをされるお考えはありますか。

佐藤みずほには2,400万の個人口座があり、そのデータを今研究しています。そこで色々なことがわかります。この人がいつお金を出して、あるいはお金を借りて、どこへ行って…といった話が全部わかる。個人の生活パターンがわかるのです。
 電力会社もメーターをチェックしていますよね。そこからは、そのご家庭が何時にどれぐらい電気を使っているかがわかる。そこからその家の人がどういう暮らし方をしているかがわかるんですよ。
 ただ、私たちはこのデータを他社と交換していません。データの交換については、日本はプライバシー保護が非常に厳しくて、ご本人の了解なしにはできません。したがって、このデータをどう使うかということについては、今も、これからも課題です。
 膨大なビジネスチャンスがあるでしょう。例えば、私たちのデータと航空会社や旅行会社の持っているデータをジョイントしてみると、どういうレベルの所得の人が、どこに行って何をしたいかが見えてきます。そうすると、その人個人のためのカスタマイズされた買い物プランや旅行プランを提示し、必要な資金の借入プランまで提供できます。膨大なビジネスチャンスになります。
 そのデータを、イレーサビリティとかトレーサビリティも含めてどうするかは、日本の社会だけでは決められませんから、今の安倍政権ではグローバルに制度化していこうということで、先日の大阪のG20で提案されたところです。
 日本の中だけでもルールをつくっていかないと、データはグーグルやフェイスブックなどのいわゆるプラットフォーマーに独占され、個人の権利が侵害されることにもなりかねません。
 従って、金融機関としてトレーサビリティやイレーサビリティをどうするかは、政府の見解も参考にしながら今後の議論に加わっていくということであって、今すでに何かできているという段階ではありません。

【ひとこと】 窓口で、あるいはミドルバックでの経験が長い人が、ある日突然、営業やコンサルティングへの配置転換を伝えられたら、どう受け止めるのだろうか。「チャンスだ!」と小躍りする人もいれば、退職を決意する人もいるだろう。その違いは、何に起因するのだろうか。その分析から新しい教育が始まるような気がしてならない。(奈)