求道者たち

vol.03

 道はあるか。どこにあるか ー理念を追い求め、社会が、国が進むべき道を模索し続ける人たちがいる。時に周囲から厳しく批判され頓挫しながらも、常に高くアンテナを張り、書を片手に実世界に学ぶ姿勢は、現代の求道者とたたえても過言ではないだろう。

正射必中(3)ゴディバ ジャパン  ジェローム・シュシャン氏

インドの古典「バガヴァッド・ギーター」を引き合いに出し、「結果にこだわらず、自分のなすべきことを」と語るシュシャン氏。とはいえ、自身もかつては結果主義だったとか。歩んだ道のりが培った視点。そこから見ると、結果主義には落とし穴があるという。
モデレーター 松本美奈(上智大学特任教授)

その場その場で積み足す

― コロナ禍の閉塞感もあって、結果主義はますます加速しているようにみえます。

シュシャン 確かに今、世界はますます混沌とし、変わり続けている。いきおい、これまで以上に結果が気になります。でも、ほんのひと昔前には、いい大学を出て有名な会社に入り、そこで40年勤めれば出世することができました。今はそうじゃないですね。日本だけでなく、世界どこに行っても同じ。となると、人の育て方そのものの考え方を改めなくてはいけない。結果から逆算して育てるのではなく、育てていく先に結果がついてくる。そういうふうに改めるのです。
 私は大学に入るために猛勉強しました。フランスのエリート学校、グランゼコールのトップの一つ、HEC*に入りたかったのです。勉強はあまり好きじゃないけれど、どうしてもそこに入りたかったのですよ。
 HECに入ったら、その後はもう何でもできると思っていました。ところが違うのですね。卒業しても、次々に課題が出てくる。今の時代、ここでこんなことを勉強したら、こういう結果を出せて、幸せになれるということはまずありません。もっと一生懸命に、その場その場で積み足していかなくてはいけない。それが、これからとても大事だと思います。過去に何を学んだかより、結果を出すために好きじゃないテーマやトピックを選ぶこともある。ただ、それほど興味もないトピックを選ぶと、瞬間は良くとも身につかず先の結果につながらない、ということはあります。
*HEC  フランスの高等教育機関グランゼコールの一つのビジネススクール。長年にわたり、欧州財政界に多くの優秀な人材を輩出している。1881年設立。

曄道 「その場その場で積み足す」場として、私どもの上智大学では2020年から社会の第一線で働いている方に学びの場を提供しています。「プロフェッショナル・スタディーズ」といいます。知識を詰め込む場ではなく、スキルを習得する場でもありません。知識を智慧に変え、思考し続ける人を世界に送り出す一助になるためのプログラムです。

シュシャン なるほど。社会人が学ぶのですね。

曄道 社会人が学ぶことは、学生たちにも大きな影響を及ぼしてくれるはずです。それは、これからの社会で学生たちはどういうキャリアを積めばいいのか、プロセスを踏んだらいいのかということについて、社会で十分な議論がなされていないように思うからです。その中で大学には、今の指導者たちとこれからの生き方は違うのだということを、学生たちに伝えることが求められていると思います。とはいえ、日本の大学教員の大半にとっても、自分の経験にないことです。プロフェッショナル・スタディーズが、社会人教育と学部教育に循環を作り、そうした現実との架け橋にもなればと期待しています。

学生はチャレンジ精神を

― 社会と大学のつなぎ目という意味で、もう一つ悩ましいのが採用です。どんな基準で採用されているのか、大学にも学生にもわからないことが悩みを深めています。採用にあたり、こちらでは何を重視しているのでしょうか。

シュシャン 我々は卒業したてのフレッシュな方を採用しています。その際、重視しているのは、何よりもゴディバに興味があることです。現場がとても好き、お客様と接触したい、販売したい。やりたいことは一杯あるでしょう。
 今の学生はみんなすごく素直です。その一方で、アドベンチャー意欲の足りない学生も。こんな時節ではあるけれど、もっと外国に行って見聞を広めてこようとか、国内でもいいからどこか旅に出ようとか。なんでもいいけれど、もっとたくさんのアクションをしておくといいなと思うんですね。

― 経験自体が足りないということでしょうか、それともチャレンジ精神ということでしょうか。

シュシャン チャレンジ精神ですね。今までとは違う新しいことに挑戦しない。例えば留学の経験。近隣の中国や韓国などに比べても、日本人の学生の場合、たとえ1年間でも海外留学に行っている人は少ない。外国の大学へ行くと必ず出会いがあります。日本国内にいるのとはまた違った経験が積めるけれど、そういうことにチャレンジする精神が足りないように見受けられます。

曄道 おっしゃるとおりです。

シュシャン ただ、その一方で、若い人の中で流れが変わっているかもしれないと思うこともあります。先日、福井県の永平寺に行ってきました。ずいぶん久しぶりです。そこで聞いたのですが、最近、禅に興味を持つ若い人がすごく増えているそうです。

曄道 そうみたいですね。私はニュースで見ました。なぜそういう人が増えているのかは私にはよく分かりませんが。何か日本の若い人たちに新しいムーブメントが起きてるのかもしれません。

シュシャン 日本というよりは、世界中のようですね、若い世代の変化は。例えば、ビジネスの世界でも、ヨーロッパやアメリカでも、「私が仕事をする意味は何だろうか」という問いが聞かれる。30年前は「私が仕事をする意味」という言葉は、まず聞きませんでした。仕事は稼ぐため、会社が利益を上げるため、で終わっていました。しかもこの「利益」という言葉は、人によってはとても嫌な言葉だと考えられているようです。利益を上げることばかりを考える会社は「嫌な会社」とも。若い世代に、新しい価値観が生まれているのではないかと思うのです。

― 懸念というより、そうした若い世代に期待しているように見えますが。

シュシャン はい、それはすごくいいと思うのです。これも弓道で、いつも教えられてきたことです。当てるための弓ではなく、当たるのです。まずは射法八節*、ぴしっと構えて射ることです。
 だから、会社も利益はもちろん出しますが、その前にとてもいい商品やいいサービスを提供することが大事です。商品のクオリティを落としたり、お客様から見えないところを削ったりして利益を上げるのではなく、ぴしっと構えて射るのです。
 でもこんなことは、日本人の心にもともと備わっていたはずです。私はそう思います。ところが日本はアメリカナイズされた。特に1980年代のバブルの頃とその後の90年代にかけて忘れているだけで、DNAは維持されているのではないでしょうか。
*射法八節(しゃほうはっせつ) 弓を構えてから矢を放つまでの過程を分けた八つの手順。足踏み、胴づくり、弓構え、打起こし、引分け、会、離れ、残心。

曄道 私もそう思います。忘れているだけだと。

シュシャン だから、若い人も自然にまたそういうところに戻ってくる。

― 当てるのではなく、当たる。

シュシャン 当てるというのは、意思、つまりウィルパワーですね。意思して、必ず当てる、当たれよ。けれど、当たるは、違う。
 私も大学を目指しているときには、当てる弓でした。いい大学を出る、そうしたら何でもできる。そういう力むパワーでした。これは当てる、です。けれど、当たるはまた違う考え方です。当てたい気持ちはありますよ。でもそれをベースとしながらも、理屈とか意思で引く力んだ弓ではなく、全身を使った自然な弓なのです。

Open to the world

シュシャン ― どうしたら「当てる弓」から脱出できたのでしょうか。学長が指摘しているように、学生にも大学の教育全体にも結果主義が浸透している面は否めません。

シュシャン まずは興味の対象、サブジェクトを選ぶことから。例えば、歴史なのか、数学なのか。興味があるから習得でき、上手になり、次のチャンスが生まれてくるんですね。アドバイスとしては、まず自分で好きなことを選ぶことです。
 その際、大学の格であるとか、有名かどうかにこだわってしまいがちです。いったんこだわると、入学できなかったら、ずっと傷になってしまう。そこが問題。

曄道 学生たちを見ていると、そのご指摘はよくわかります。

シュシャン 傷を30代になっても、40代になっても引きずることになります。あの大学に入れなかった、だから自分は駄目だったんだなと。そういう無駄なプレッシャーを自分にかけず、一つ一つベストを尽くして好きなものを学んでいけばいいと思います。
 将来どんなものがはやるか、誰にも分かりません。例えばITがこんなに広がり、発展するとは、30年前に誰が想像できたでしょう。世界は大きく変わります。まずは自分のDNA、自分の独自性、ユニークさ、自分しか持ってないものを探し、それを生かしていくのがベストではないでしょうか。

曄道 私は高校生とよく話をしますが、その中でしょっちゅうこんなことを聞かれます。「私は将来、こうなりたいのですが、そのために何をやればいいですか」と。「こうなりたい」という夢がある人はいいという言い方もできますが、私は必ず、社長がおっしゃったように、「今あなたが想像してる社会が来るとは限らない。だから、今学びたいものを学ぶのが一番いい」と答えてるんですね。

シュシャン なるほど、それはいいですね。

曄道 高校生や学生が自ら結果至上主義を選んでるわけではないと思うのです。社会、日本の社会がそう思わせているんだと思うんですよね。その原因がどこにあるのかと、いつも考えています。
 大学は、高校と社会との間に位置しています。高校生を引き受けて送り出すときに、この学生はすごいなと思う学生は大体、入学時に言っていた目標と卒業時の姿が全く違います。入学時には、こういうことをします、こういうことを学びますと言っていたのが、卒業時には、(入学時とは別の)これをやることにしましたと言って巣立っていく。こういう学生は例外なくとても優秀です。

― 自分の好きなことを追い求め、ベストを尽くしていくと、新たな道が開けるということでしょうか。そうなると、それを誘導する、あるいはそれを受け入れる風土が必要ですね。硬直した土壌では、なかなか途中で変更できない。社員も同じじゃないでしょうか。

シュシャン そうですね、受け入れるキャンパスが大事です。これからは、柔軟性がますます大事になってきます。
 そしてオープンであることです。Open to the world。英語などの外国語を勉強する。歴史を勉強する、何かのトレーニングをする、間違いなくプラスになります。対象は、会社の中でも外でも、日常のコミュニケーションの中にも出てくる。それをすることで、ものの見方も変わってきます。いくら20年か30年前にいい大学で勉強したと言っても、これからは出身校ではなく、この人は話しやすいか、物事を考えているか、ということがその人を見る際のキーポイントになってくるでしょう。ですから、できるだけ幅広く経験することが、間違いなくプラスになると思います。

― ビジネスの最前線にいらっしゃって変化の兆しを感じますか。

シュシャン 少しずつ変わっていると思います。最近は、日本でもスタートアップの会社をつくったり、そういう会社で働いたりする若い人が増えてきましたから。ひと昔は大手の会社に入ることしか目標はなかったけれど、今はいったん大手に入っても、そこから独立して自分の会社をつくる人も出てきています。無駄なプレッシャーを自分にかけない風潮が広がっていると感じます。

曄道 プレッシャーを跳ね返す力を持っていてほしいし、大学としてもその力を育みたいです。

シュシャン 日本の社会的なプレッシャーはすごいですね。他の人と違うユニークなことをもっと受け入れられるといいなと思います。少しずつ変わってきたけれど、やっぱり横並び意識があります。みんなそれぞれ違うからいい。自分のユニークさを生かした、自分でやりたいことがあれば、大学からでも育ててほしいと思います。

【ひとこと】 弓道には「あたる下手っぴいは上手くならない」という言葉がある。当たるという「結果」にすがりつくと、弓を構える姿が崩れ、上手くならない。当たるから「その場で積み足す」発想も乏しくなる。成功体験からの脱出、絶えざる改革の努力、プレッシャーとの戦い…。求道者は、どこまでも自己との戦いを続けているようだ。(奈)