求道者たち

vol.01

 道はあるか。どこにあるか ー理念を追い求め、社会が、国が進むべき道を模索し続ける人たちがいる。時に周囲から厳しく批判され頓挫しながらも、常に高くアンテナを張り、書を片手に実世界に学ぶ姿勢は、現代の求道者とたたえても過言ではないだろう。

向かい風を追い風にする(3) 株式会社ローソン  竹増貞信氏

コンビニエンスストアという業態の中には、たくさんの職種があり、それぞれの連携の仕方も複雑なようだ。ともすれば効率重視でシステマチックに動きそうになる最前線の店舗と本部を、その都度、ローソンの「原点」に戻しているものは―。
モデレーター 松本美奈(上智大学特任教授)

多様な人たちと働く

― 入るときに完成している必要はない。みんなのいいところを、みんなで育てようということですね。

竹増そうです。お店ならば「笑顔は誰でも負けません」というのも大いに結構。「商品の陳列をさせたらもう夢中でやる人」、全然オーケーですね。いろんな得意を見つけてあげるのは、僕らの仕事です。僕らがやろうとしてることに心から「いいね」としてくれること、私もマチを幸せにします、何かあったらみんなを助けに行くよ、マチに貢献していこうぜみたいなので十分です。僕は接客は苦手だけどITとかデジタルは任してくださいとかも、いいですよ。私はスイーツが大好きで、スイーツ作らせたら完璧ですとかも、大いに結構です。

曄道共感します。上智大学の教育精神は「他者のために、他者とともに」。この言葉は、学生にはかなり浸透してます。今朝も学生たちとこの精神について話し合ってきたばかりです。今のお話を伺って、うちの学生たちがローソンさんに行けばいいなと思いました。

竹増ありがとうございます。

曄道今、社長がおっしゃったことに共感し、期待するのは、学生たちの現状に対する心配なのです。先ほどの話に戻りますが、本学には真面目な学生が非常に多い。意欲はあるけれど、とても真面目で、我々が教育精神を伝えると、それを全面的に受け入れてしまい、一斉に同じ方向を向いてしまうという傾向が見られるのです。
 例えば学生たちに先ほどの教育理念「他者のために他者とともに」と話すとします。他者とは弱き立場にある人のことだと伝えると、途端に貧困とか、難民の問題とかに目が向かう。みんながそちらを向いてしまう傾向があるのです。もともと上智大学は国際的に開かれた大学だから、学生たちの中にそういう固定観念ができてしまうのかもしれません。
 私たちは多様な学生が集まる環境をつくっています。今、学生は92か国から来てますし、多様な学生が集まれるように入試も工夫しています。全ての学部が四谷のキャンパスに詰まっているから、学術的にも多様であると自負しています。にもかかわらず私たちは、多様な学生たちを画一的な人にして出していないだろうかと懸念しているのです。教育精神だとか建学の理念だとかを理解してもらうという思いが、結果として、価値観が単一的な人を社会に送り込んでいないだろうか、と。

竹増なるほど。そういう懸念を抱えていらっしゃるわけですか。

曄道学生の提案や行動に我々がびっくりするような場面が、本来はもっとあってほしいと思うのですが、なかなかその環境をつくれていない。それが私が責任を感じる部分でもあります。やはり若い人たちを伸ばすというのはそういうことではないかと。我々上の世代が考えてる方向に行ったからいいなんていうのは、特にこの新しい時代には通用しないと思っています。学生たちが自分で考え、建学の理念や教育精神を示した我々を「なるほど」と唸らせてほしい。そういう何かを見つける環境を、我々は創っているだろうかという悩みを抱えているので、先ほどからのお話は、胸に刺さりました。

竹増いやいや。理想通りにいかない場面もあります。

理念と関係性

曄道そこで気になるのは、関係性です。我々は教育機関なので教育する立場に立っています。一方で、学生側は学費を払っている。御社の場合、オーナーさんは社員ではない。そういう関係性の中で企業理念を浸透させることは、相当なハードルがあるのではないかという気がします。ところが、お話を伺っていると、それでも団結できて一緒に行動している。どうしたら上下関係ではない、社員でもない人たちに、組織の理念の下で力を発揮してもらうのだろうと、先ほどからとても引っかかっているのです。

竹増まずは契約と研修です。オーナーになりたいと応募してこられる方と契約をするところから始まります。実は契約前にも、僕らローソンはこういう理念で行動していますということを説明して、それならローソンがいいねと選んでいただく方が多いんです。
 それから研修が始まります。まずベーシックマネジメントコースという約1か月間の研修を受けてもらいます。その研修の中で、僕らがどういう考えでビジネスをしてるかをしっかり、オーナーさんに説明します。その研修の中で、理念へのご理解、共感をいただき、修了するときに、では実際にどういう店をつくりたいのかを宣言してもらうんです。単におにぎりを並べて売るのがローソンではありません。マチの中でどういう存在になって、どういうふうに貢献していくか。そういう理念を一店一店が持って、そこで働くクルーさんにも共有してもらわなくてはいけません。理念を目指して、こういう店にしていくということを皆さんに宣言をしてもらうんです。マチを笑顔にするとか、きれいにするとか、皆さんが様々な希望を胸にローソンに入られて、その店を創ることになる。だからこういう仕事をしてみたいと言葉にしてもらうのです。売り上げをいくらあげるとか、利益はこのぐらいとかということではなくて、自分たちの目指す店のありようを書いていただきます。店舗オープンのときに本部からそれを額に入れて差し上げます。しっかりとお店に掲示してもらって、悩んだり困ったりしたときは、自分の原点に立ち返ってほしいと。お店を回っていると、その額を大事にされているオーナーさんが多いです。

― 初心を表明してもらうだけでなく、額に入れてお渡しする。目標の言語化と見える化をされていたのですね。

曄道オーナーさんの相談窓口みたいなものというのはありますか。目標は掲げても、困ってしまう人はいらっしゃるだろうから。

竹増各店舗に専任のスーパーバイザーがつきます。スーパーバイザーは社員です。1人が8店舗ぐらい担当しています。スーパーバイザーは毎週店を回り、オーナーさんの経営状況、例えばクルーさんの定着が悪いとかの相談を受けたりします。そんなときに「ちょっとしかめっ面してませんか」なんてことも含めて助言します。相談に乗りながら一緒に経営していくというスタイルですね。

曄道スーパーバイザーになるための研修も社内にあるわけですね。

竹増はい。最初、店の勤務から入り、店長を経験します。自分でクルーさんの採用もやって、どうやって店を経営するかを経験します。それから次はトレーナーになって、店舗の指導をするわけです。そして、アシスタントスーパーバイザー、その後にアセスメントをクリアしてスーパーバイザーになっていく。そういうステップになります。

― 結構、長い期間のトレーニングがあるわけですね。そうなると、そういうトレーニングに耐えられる人が求められますね。

竹増大体の方は耐えられると思いますが、始まってみると、やっぱりお店勤務はしんどいという方ももちろん出てきます。ただ、ローソンには、いろんな職種や場所があります。部署もあります。スーパーバイザーになりたいと言って入社されてスーパーバイザーになる人もいれば、「スーパーバイザーになりたかったけれど、違いました」と方向転換をする人もいます。例えばサポートの仕事をやりたいとか、いろんな方がいらっしゃいます。でも、まあ、別に研修とかそういうのはもう普通に皆さん受けていただいてます。

曄道でも、皆さん耐えられるのは、理念が明確だからでしょうか。

竹増そうですね。特に最近の学生さんを見ていて実感するのは、社会の役に立ってる、社会の課題を解決しに行く、そういうことをすごく大事にしていることです。ひょっとしたら、そういうことを大事にしている方がローソンに入社してくれているという幸運もあるのかもしれません。私の30年ぐらい前の就職活動とは全く違うような考え方をされてる方が多いです。

【ひとこと】 どんな店にしたいか。額に飾られた「初心」を多くのオーナーさんが大事にしているという現実に驚いた。コンビニエンスストアという利便性を追求したビジネスも、支えているのはやはり人の思いなのだ。(奈)