求道者たち

vol.01

 道はあるか。どこにあるか ー理念を追い求め、社会が、国が進むべき道を模索し続ける人たちがいる。時に周囲から厳しく批判され頓挫しながらも、常に高くアンテナを張り、書を片手に実世界に学ぶ姿勢は、現代の求道者とたたえても過言ではないだろう。

進化のために、しっかり手放す

高度成長期の成功体験も、バブル崩壊による衝撃の大きさも、今の学生たち世代に実感させることは難しい。そうした時代に大学は何をしなければならないのだろうか。
モデレーター 松本美奈(上智大学特任教授)

「人生のスイッチが入った」

― ちょうどトンネルの中にでもいる時代とでもいうのでしょうか。

宮城 すごく分かります。だからこそ、インターンシップを始めてよかったと思います。彼らは初めて自分で、自分が大事にしたいことや、やりたいことに挑むという意思決定ができるようになったのです。大げさかもしれませんが、高校に行くとか大学に行くとかいうのは、基本的には偏差値の中で上か下かという物差しが決められていて、受動的な面が否めない。就職活動もその延長です。
 インターンシップは、そうした競争ポイントの枠を外れています。自分が一番やりたいことは何だろうとフラットに考えたとき、私が社会起業家にかじを切り出したのも1つにはそういう分析もあったんです。90年代から、NPOでのインターンは人気でした。大手企業よりも学生には人気があった。就職活動の箔をつけるために大手企業に行くといった風潮はまだない時期だったので、純粋に自分がやりたいことを選ぶわけです。エントリーし、面接をして、受かって、チャレンジして、失敗することがあれば、成功することもある。その経験を通じて、よく学生がこんな言葉を口にしていました。「自分の人生のスイッチが入った気がします」って。インターンシップで自分の人生がスタートした気がするというのですね。もちろん、とっくに人生はスタートしているんですけど、自分の意思でスイッチを入れたとか、自分の意思で何かを始めたという感覚を持てたということではないかと思うんです。今は成功体験のモデルがないし、答えがない時代です。導くべきゴールの選択を、これがいいんだよと教えてあげられない時代です。その時に、自分で意思決定する、自分が責任を引き受けてトライするといった経験をたくさん積ませてあげることが必要になるのではないかと思います。
 もちろん、自分はこの領域の研究者になると決めて邁進できるのなら、それはそれでいいでしょう。ただそういう人でも迷うことがあると思います。そのときに、ほかの領域の学問に触れた経験とか、進むべき一つの型ではないところを自由に選択してトライした経験は、すごく豊かな土台になってくれるのではないか。できるなら、「ギャップイヤー」*みたいな経験を、大学に入る前にしてほしいと願います。そういう経験を積んで大学に来ることで、学びそのものが能動的になる。学びが豊かになると思うのです。
 私自身、浪人生は大人だなと学生時代から思っていました。入学前の何年かを葛藤しながら過ごし、入学を迎えることの豊かさがある。大学はそういうことにもっとウエイトをおいて評価してもいいんじゃないかなと思います。

― ギャップイヤーといえば、かつて東京大学がギャップタームを提唱したことがありました。入学を秋にして、それまでの期間を旅行やボランティア、短期就労、留学など多様な経験に当ててから入学してほしいと。

宮城 その時にできたのが、文部科学省の「トビタテ!留学JAPAN」です。私が当時の下村文科大臣に提案をして、ボランティアとして一緒につくってきたものです。

曄道 上智大学の学生たちも、トビタテにはお世話になっています。

宮城 下村さん自身、ギャップタームとかギャップイヤーを活用することが大事だといった趣旨を発言していたのを新聞で見ていたのです。たまたまダボス会議の若手リーダーに選ばれたメンバーと下村さんとの食事会があったときに提案しました。そのときの考え方がまさに実践型インターンシップです。
 それまで、留学という制度は大学に行って単位を取るのが前提で、実際にアクションを起こしていくことや、自由な選択でチャレンジしていくことは、国が考える留学の中には入っていなかった。トビタテの特徴は、民間の資金を留学にあてていることです。民間の資金で回るということは、民間が求めていることに対して応えていくということ。ここで初めて文科省の人たちの頭が切り替わったんです。
 トビタテは、インターンシップみたいな経験、自分が本当にやりたいことを世界を舞台に経験してきたいという人に対してチャンスを提供している仕組みなので、どんどん活用していただきたいです。この場を借りて改めて申し上げておかないといけない。実践の機会に自らの意思とかクリエイティビティで挑んでいく、しかも世界を舞台にということは、大学での学びが豊かなものになるために不可欠です。宣伝めいてしまいますが、「トビタテ!」の仕組みが使えると一番いいんです。

背伸びする経験を大学で

曄道 大学で多様な経験を積むことの重要性を強調してくださってうれしいです。強い応援団を得たような気持ちです。実は来年から上智大学で教養教育を一新させます。キーワードの一つに「経験」「実践」を置いています。学生時代に経験すること、実践したことが個性を磨いていくのだろうと。社会は変化をしていき、一方でデジタル化は情報へのアクセスという意味で画一化を招きますから、個性勝負だと思っています。そのときに学生たちが背伸びする経験、要は挑戦ですが、その機会を大学としていかに提供できるかが、大学が人を育てる中でますます問われるようになると思います。大学を経て社会人になって振り返ったとき、恐らく背伸びした経験が最も強烈な印象を持つのではないか。それが、「スイッチが入った」という表現なのかもしれません。そういうことを経験させることに相当なエネルギーを使わないといけない。私たちも特別チームを作って、取り組んでいます。本当にいいお話をいただきました。
 例えば、オンライン教育環境が発展したことで、COILと呼ばれる海外大学との授業交流が実現できるようになりました。学生同士だけでなく先方の教員との議論もできる環境です。また、リアルな経験としては、グローバルイシューと呼ばれる課題に対して、大陸を渡りながら学び、それぞれの地域視点とグローバルな視野を並立させる学びの環境の構築も考えています。

宮城 大学として舵を大きく切る決断だと思います。先生や職員の皆さんにとって、得意としてこられた領域ではないでしょう。結構骨が折れるから、今までと違う労力が必要になってきます。私たちが90年代の終わりにインターシップと言い始めた時、ずいぶん邪道扱いされました。時間のかかることなので、学問を妨げるものだとも言われました。実際、今もそういう見方がないわけではありません。そういう中で上智大学で舵を切っていくのは、結構ハードな決断だろうなと思いますが、これからの若者たちは間違いなく、そういうことを必要としているでしょう。
 イギリスなどの大学を見ても、実践とアカデミックな学びをより積極的に位置づけ、例えば理系の学問とエンジニアの仕事をつなぎ、その仕事を通じての学びをちゃんと単位として教育の体系の中に入れるといったことをやっているようです。大学の学びとして位置づけていくこともできると思っています。しっかりと向き合うことで、大学としてあるべき取り組みの中に位置づけられるという気がしています。

インターンシップは大学の「おまけ」?

曄道 大学での学びは学術的な専門性を高めていくというプロセス一辺倒になりがちです。その中で、結果として学生たちに受動的姿勢を求めてきたというところが根本的な間違いだったと思います。
 突き抜けた学生たちは例えばインターンシップなり、より実践的な研修の機会とか、そういったものに参加したときに学んできた理由を確実に理解できるようになる。物を考えるプロセスがいかにこれからの自分の中、社会で生きていく中で力を発揮できるものなのか。教室以外の場での経験を積むことで、逆に大学で学んでよかったという域に達する学生が出てくると見ています。学術的知識を溜め込んだのではない、そのプロセスを学んだのだと気づくことに期待しています。

宮城 同感です。

曄道 とはいえ、そうした感覚が大学の教員自身も希薄であることも事実です。一番大きな問題です。とりわけ日本の大学はそれが強い、その意識が。

宮城 わかります。学生の現実を考えると、そこには大きなギャップがありますね。

曄道 世界の中でインターンシップという言葉の持つ意味と重みが、日本だけ違うように見えます。大学に学びに来た学生たちにインターンシップって何?とでもいうような。このギャップを早く取り除かないと、起業するにしても、あるいは社会の中にある多様な舞台で生き抜いていくにしても、その力を、それもグローバルなレベルで発揮していくには大きな障害になると危惧しています。

宮城 おっしゃるとおりだと思います。インターンシップを「おまけ」として充実させようという取組はもう時代遅れです。それを一つの柱として構造を変えていく、その中にアカデミックな学びの深みだとか、価値というものも生まれてくるという構成にすることは避けられない必然のような気がしています。そこにどれだけ舵を切れるかで、5年10年先に随分と結果が変わってくるのではないでしょうか。まさに今、そのタイミングなのかもしれません。

― ところで、宮城さんご自身は日々どのように学んでいらっしゃるんですか。

宮城 私は人のつながりの中で学んでいると感じています。国の委員会に出ることも多かったのですが、そういう場でも常に自分の軸を持って、何をなすべきか、どう向き合うべきかと問いながら生きてきました。そうなると結果的に、自分のオリジナルな道ができてくると思っているんです。経済合理性を先に立てると、割に合わないことがほとんどです。でも、しっかり時間を取り、例えばアカデミックな場で学ぶということよりもはるかにコスト的にいい、しかも先端を走る領域の生きた学びができます。だから、おせっかいにいろんなところのお手伝いをすることが結果的に私自身にとっての学びになっていると感じています。

肩の荷を下ろすのは、意外に面白い

― なるほど。国の委員会のように、ある程度ゴールが決まった仕込まれた場であっても、自分の軸さえあれば、学びの場に変えられるのですね。最後に、これから退任されてどう歩んでいこうと考えているのか、これからどんな道を求めていらっしゃるのか。お話しいただけますか。

宮城 どんな道を…。今は何も考えていないです。私が何か他にやりたいことがあって、次のステージに行くから退任するわけではなくて、組織の進化を考えぬいた結果、出た結論です。だから今は、退任と次の組織が進化できるように私自身が徹底して身を引くことを進めている最中という時期です。思えば、肩の荷を下ろしたことがなかったですね、今まで。ずっと背負う、どっちかというとどんどん積み上げて背負い続けるみたいな生き方でここまで来てしまったので。
 肩の荷を下ろすための決断ではなかったけれど、下ろしてみたら意外と面白いと思います。自分が今まで背負ってきた組織、その責任を下ろしたときに見えてくる景色を、純粋に楽しみたい。これから自分が何を思い、何をするかはまだ分からないので、それはそれで、フロンティアスピリットがくすぐられるという感覚です。

― 肩の荷を下ろすことが面白い、という感覚も面白いです。最後に次の求道者をご紹介いただけますか。

宮城 これまでのシリーズを拝見したら、大手企業の方が並んでいて驚きました。でも、直前のオイシックスの高島宏平から路線が変わったような気がするので、遠慮なく。私たちのETIC.の卒業生でもある、ワーク・ライフバランスという会社を経営する小室淑恵さんをご紹介します。彼女は私たちがインターンシップを事業化したときの多分、第1世代の卒業生です。

― ありがとうございます。最後に一言、お願いします。

宮城 インターンシップを大学として大事にしてくださるということ、嬉しいですし、本当にまさに今がタイミングだなというふうに思っています。
 文科省の中央教育審議会の専門部会で、「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン」を考えていく議論のメンバーでしたけれど、そのときに随分とインターンシップやギャップイヤーのような話も申し上げました。委員会の空気として、総論的には反対ではないけれど、ググっと進めていくのは難しいと思った経験があります。こういうことは、重要性に気づき、それを実行できる立ち位置にいる方が進めていただくしかないと思いました。

曄道 追い風をいただいたようで、心強いです。

宮城 上智大学での取り組みは、どこかの学部だけですか、それとも全学での取り組みでしょうか。

曄道 全学向けにどれほど用意できるかに取り組んでいます。かつ多様なものを展開していきたいと思っています。要は画一的に育てない、育てないという言い方も大学の姿勢としては問題があるかもしれませんが、学生たちの学びの自由度にかけたい思いが私には強いので。

宮城 すばらしいです。応援しています。

曄道 今日はありがとうございました。

【おわりに】 知識は活用してこそ知恵になる。キャンパスで得た知識をリュックに詰め、世界に飛び立っていく学生の姿を想像するだけでワクワクしてくる。そんな学生が戻ってきたら、きっとキャンパスの風景も変わる。それがキャンパスの外にも広がっていくことを期待したい。28年前、何もなかったところにまかれた小さな種が、やがて多くの人を世に送る大木に育ったように。(曄)